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トラウマからの回復の三段階モデル(ハーマン,1994)

トラウマからの回復には三つの段階があります。第一段階の中心課題は安全の確立、第二段階の中心課題は想起と服喪追悼、第三段階の中心課題は通常の生活との再結合です。これは本来複雑な渦を巻いている過程を単純化し整理したもので、各段階を直接的に通過していくものではありません。回復の段階は螺旋的であり、やり直しがあったり、すでに取り組んだ問題をもう一度見直すことがあります。しかし、順調な回復では、この方向に向かって段階的な移行が認められます。

1. 第一段階 安全の確立

トラウマは、人から力とセルフ・コントロールの感覚を奪います。そのため、力とセルフ・コントロールを取り戻すことが最初の課題となります。 安全の確立はまず、身体のセルフ・コントロールに焦点をあて、次に次第に外に向けて環境のコントロールに重点を移します。セルフ・コントロールの課題には、睡眠、食欲など身体機能のコントロール、身体運動、PTSD症状のマネージメント、自己破壊行動のコントロールがあります。環境的な課題には、安全な生活状況の樹立、経済的安定、行動の自由、生活全般をカバーする自己防御計画があります。いかなる人も独りだけで安全な環境を打ちたてることは不可能です。安全な環境をつくるには、家族や友人などサポート、社会資源を利用するなど、社会側の支援が不可欠です。

2. 第二段階 想起と服喪追悼

回復の第二段階はトラウマのストーリーを語る段階です。この再構成の作業によってトラウマの記憶は実際に形を変え、その人の生活史全体の中に統合されるようになります。しかし、過去の体験と対決するかどうかの選択は本人にゆだねられます。 トラウマのストーリーを再構成する仕事は、トラウマ以前の生活の概観から初め、トラウマの出来事に至る経緯と進みます。トラウマ以前の歴史を取り戻すことも重要です。次の一歩はトラウマとなった出来事を追って、時間の前後関係と歴史的文脈との方向づけのしっかりした物語を再構成していきます。 トラウマによって失うことがあることはどうしても避けられません。喪失を悼むことは回復のこの段階においてもっとも必要な作業です。これはとても辛い作業ですが、癒しの重要な部分です。失った一つ一つを悼むことを通じて、不壊の内的生命をみつけることができます。児童期のトラウマサバイバーは、喪ったものを悲しみ悼む仕事だけでなく、もともと持てなくて失いようがなかったものを悲しみ悼む作業をしなければなりません。 トラウマの再構成は決してこれで終しまいということはありえません。ライフサイクルの新しい段階ごとに新しい葛藤が生じ、新しいチャレンジを受け、それが必ずトラウマを再び目覚めさせ、トラウマの新たな面を明るみに出します。しかし、第二段階は、自分の歴史を取り戻し、人生にかかわる希望とエネルギーを新しくしえたと感じるときをもって主な作業を完了します。

3. 第三段階 再結合

過去との和解を達成した後、新しい自己を成長させ、自分を支える信念を改めて発見し、新しい関係を育て、未来を創造する段階です。第三段階の過程において、トラウマ以前の時期、トラウマ体験、そして回復の時期を振り返って、そこから自分がもっと高く評価する自分の面(複数)を改めて引き出します。これらの要素すべてを統合して新しい自己を創り上げます。 この段階ともなれば、すでに適切な信頼の能力を取り戻しているものです。再び他者を信頼してしかるべき時には信頼感を持ち、信頼すべきでない時には信頼を撤回することができ、さらにこの二つの状況をどうやって区別するかが分かっています。この段階では、アイデンティティ(自己規定)と親密関係という二つの問題に集中します。
『心的外傷と回復』(ジュディス・L・ハーマン著、中井久夫訳、みすず書房)より

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