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コラム しなやかな子どもの心/森﨑和代

『女性ライフサイクル研究』第16号(2006)掲載

私はカウンセラーではない。しかし、地域のおとなのひとりとして子どもたちに関わり、話を聴くことがある。子どもたちは、自分に寄り添って話を聴いてくれる人がいるだけで、実にさまざまなことを語ってくれる。そして、自分の心の奥底にある気持ちに気付き、言葉として語ることで、また力強くしっかり前を向いて歩きだす。子どもたちの話に耳を澄ませると、そんなしなやかな子どもたちの心に出会い、生きる力に感動をもらう。その体験を、3人の子どもたちとの対話を元に紹介したい。

じゃまくさいねん

保育園年長組のさくらちゃん。現在、小学校6年生の兄と、3歳の弟がいる。もうすぐ弟が生まれるらしい。しかし、2人の弟の面倒を見るのはしんどいと言う。

「もうすぐ弟が生まれるねん」

「そう、弟が生まれるの!」

「うん、でも、けんちゃん(3歳)がじゃまくさいねん」と、いかにも困ったという様子。

「ふ~ん、けんちゃんがじゃまくさいの?」

「お母さんは、遊んだりっていうけど、じゃまするし、ついてくるし・・・」

「そうか、じゃまされたりしたら一緒に遊ぶのはイヤやなって思うのかな?」

「遊ぶのはいいねん。でも、ひとりで遊びたいときもあるねん」

「そうか、一緒に遊ぶのはいいけれど、一人で遊びたいときもあるねんな。そんなときってあるよね」

「うん」

「お母さんに、さくらちゃんの気持ち言えたらいいね」と言うと、急にニコッとして、あっちの方向を指差し、 「あそこの部屋にいてるねんで」と、ちょっと肩をすくめてうれしそうに言う。

「けんちゃん、あのお部屋にいてるんや」

「うん、今あそこにいてるねん。けんちゃん、今何してるかな~。かわいいで!ほっぺたプニプニやねんで~」といとおしそうに話す。

「そう、けんちゃん、ほっぺたプニプニでかわいいんや。さくらちゃん,けんちゃんのこと好きやねんな」と言うと「うん!」とにっこり微笑んだ。

離婚はいやや!

絵を描くことが好きな、まゆちゃん。黒板に絵を描いているところへ「上手やね」と話しかけた。家族のことに話が及ぶと、「お母さんは料理が上手」と言う。この時は、家族のことはあまり話さなかったが、昼休みに再度、私の元を訪れてくれた。

「また、話に来てくれてんね。ありがとう!今度は、どんな話をしてくれるの?」

「学校のうるささがイヤやねん!音がイヤ!」

「音がイヤやの。うるさいとどんな気持ちになるの?」

「イライラする!」

「そうか、学校はうるさくてイライラするんやね?」

「じゃ、イライラしない安心なところってどんな所?」

「静かな所」

「静かなところか・・・。じゃ、お家は安心なのかな?」

「夜、(両親の)喧嘩の声がイヤや」

「お父さんとお母さん、夜ケンカしはるんや」

「離婚するかも」とポツリと言った。

「そうなん、まゆちゃんはそのことどう思ってるの?」

「離婚するのは絶対にイヤや!家族一緒が良い・・・」

「そうか、おとなはいろいろ勝手に決めるから困るね」

「うん」とうなずく。

「離婚するのはイヤや!って言うたことある?」

「ない」

「じゃ今、1回言ってみようよ!」と彼女を誘って、2人で大きな声で

「イヤだ!!」

「もっと大きな声で!」

「イヤだ!!」と叫ぶ。

「どんな気持ち?」

「頭の中がすっきりした」と笑顔。

「今日は、いろいろ話してくれてありがとう!まゆちゃんは、自分の気持ちをとてもよく分かっていて、いやな気持ちになったときはどうしたらいいかも考えられるし、ちゃんと人に伝えることもできるすばらしい力があるね!これからもいろんなことがあるかもしれないけれど、困った時、イ~~~となった時、イライラした時、また誰かに話を聴いてもらえるといいね」と言うと、晴れ晴れとした笑顔で大きくうなずいた。

キレる自分を直したい

とてもしんどそうな顔つきで、だるそうに話す翔君。時折、後ろへのけぞり頭を抱える仕草を見せる。「何も話なんかないし」と言いながらも、「今日は3人ぐらい倒した」と訳の分からないことをボソッと言う。

「そう、3人も倒したん?」

「うん、先コーもみんなもびびってたわ」

「3人も倒すとは凄いね。なにか、そんなことしたくなるほどイライラすることでもあるの?」

「イヤなことを言う奴がいてるねん。俺のことを目の敵にしてるから、バラしてやりたい!」

「目の敵にされて、イヤなことを言われて・・・、バラしてやりたくなるほど、イライラするんやね」と聴いていくと、友達関係のしんどさについて少し話す。

そして不意に話題を変え、 「おばあちゃんとお母さんの仲が悪いねん。家の中が暗くてイヤやねん!」と、母親の祖母に対する言動に、見聞きするに絶えないものがあると母への不満を話し出す。

「翔君は、おばあちゃんとお母さんのこと心配してるのかな?でもどうすることもできなくて、辛くて、イライラしてしまうこともあるのかもね」と言うと、力なくうなずいていた。そしてしばらく家のことを話す。

また不意に話題を変え、 「目が悪くなってきてん」 「目が悪いからめがねを掛けてるのに、からかわれる。ムカつく!!」

「そうか、からかわれるのはイヤね」と言うと、めがねのことでイヤな思いをしていること、でももう少ししたら、コンタクトを買ってもらえることなどを話してくれた。そして、 「この頃キレるのを我慢してんねん。3日目に入った」と言う。最初に話し出した「今日は、3人倒した」という話と異なるが、続けて話を聴く。

「へえ、我慢してるんや」

「だってな、キレるから友達減ってきてん・・・。今まで仲の良かった優君が取られるような気がして不安やし、さびしい」と自分の気持ちを言葉で表現した。

そして、彼は力強く言ったのだ、 「だから、キレる自分を直したいねん!」と。

「そう、自分を直したいの。自分を直したいということは、あなたは、キレる自分は本当の自分じゃないからイヤで、本当の自分に戻りたいと思っているのかな?」

「でも、あいつらがいらんこと言うからキレるんや!」

「いらんこと言われて、傷ついてキレてしまうねんな。でも、またそのキレた自分に、自分で傷ついて・・・2重に傷ついて悲しいね」と言うと、何度もうなずいていた。そして、すーっと彼の力が抜けたことが目に見えてわかった。

「今、どんな気持ち?」

「スッキリした!」

その後は笑顔を見せながら、学校での楽しい話をしてくれた。チャイムが鳴り、「長いこと話したね」と私。「うん、40分も!」と翔君。最初からちゃんと時計を見て時間を計っていたとわかり驚いた。

私は彼に、素直に自分の気持ちを語ることができること、そして、しっかり考える力があることを伝え、しんどくなったら、キレそうになったら誰かに相談してと、また誰も見つからないときのためにと、子ども電話相談のリストを渡した。別れ際、「40分もいろいろ話してくれてありがとうね!」と言うと、最初とは別人の笑顔で、何度も振り返りながら「ありがとう」と言い、帰って行った。

10日程後、廊下で「森﨑さん」と言う声に振り向くと、翔君が階段から身を乗り出し顔を覗かせていた。「その後どう?」と聞くと、笑顔でVサインを見せてくれた。

子どもたちには子どもたちなりのしんどさや悩みがある。そのことをせっかく私たちおとなに話してくれたとしても、その状況を変え、悩みを解決できないことのほうが多いかもしれない。しかし、今まで言えなかったこと、言ってはいけないと思っていたことを自分の言葉ではっきり口に出せた時、「うれしい!」「すっきりした!」「気持ち良い!」と、どの子も目を輝かせる。子どもたちの変化に、心の柔らかさに、感動する瞬間だ。彼女、彼らにとって、短い時間であっても、自分の話に耳を傾け話を聴いてもらう体験はなんらかの変化をもたらす。たとえ今ある状況は変わらなくても、自分の気持ちを好転させる、そんな力が目覚めるように思うのだ。

このように、子どもたちにとって、日頃言いたくてもいえないことを話すこと、その言葉を受け止めてもらう機会を持ち、また自分自身を丸ごと受け止められる体験をすることは、今後自分の人生を歩んでいく際の原動力にすることができるのではないかと思う。

ただ、子どもたちの話を、思いを聴く。いつでも、誰にでもできることである。そして、このような身近な存在が、子ども達のしなやかな心をさらに育むのではないだろうか。今、社会を見ていて、そんなおとなの存在を必要としている子ども達が実は沢山いるのではないかと思う。

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