エッセイ
新しい体験をひとつ/くぼたようこ
今年が終わろうとしている。
ここ数年、一年にひとつは新しい体験ができたらいいなと思ってきた。
年齢を重ねるにつれ、刺激よりも安定を求める気持ちが大きくなってきていることに、どこかで戸惑いを感じているからかもしれない。
それも自然なことなのだろうけれど、チャレンジする気持ちも大切にしたい。
ほんのささやかなことでいい。
たとえば、ここ数年の新しい体験といえば、山小屋に泊まったこと、氷瀑を見に行ったこと、大相撲を観戦したこと、阪神戦をライト外野席で応援したこと、絵を描き始めたこと。
そして今年一番の新しい体験は、山に登るためのテント泊をしたこと。
子どもたちが小さい頃は毎年オートキャンプをしていたけれど、山用のテントに泊まるのは初めてだった。
きっかけは去年の夏。
山小屋に泊まって北アルプスの山に登る計画を立てていたものの、台風や大雨でいくつかキャンセルせざるを得なかったこと。
人気の山小屋は再予約が難しく、翌年に延期するしかない。
テント場なら、予約不要で行ける場所もある。
とはいえ、テント泊の装備を買う前は、この年から始められるのかなとか、本当に何度も行くのかなとか、迷いもあった。
だけど、今より若いときはない。
今年も山小屋を予約していた日が大雨となり、キャンセルに。
日程をずらし、南アルプスの甲斐駒ヶ岳に登るため、山麓のテント場にテントを張った。
そこは、去年仙丈ヶ岳に登った時に立ち寄り、色とりどりのテントを見て、素敵だなぁと憧れた場所だ。
山用のテントは小さいので、寝るとき以外は外で過ごしている人が多い。
自然と近くのテントの人たちと交流が生まれる。
山のことや、テント泊について教えてもらったり、おいしいステーキ肉をわけてもらったり。
下山が遅くなったときは、隣のテントの人が心配して待っていてくれた。
登山中も、似たようなペースで歩く人たちと休憩のたびに顔を合わせ「きついですよねー」と励ましあったり、山頂でまた出会って登頂を喜びあったり。
都会の喧騒を離れ、自然の中に身を置き・・・
なのに、そこで出会った名前も普段何をしているのかも知らない人たちとの何気ないやりとりが、何より心に余韻を残す。
別れ際に「またどこかの山で~」と交わすあいさつも好き。
来年は、どんな新しい体験に出会えるだろうか。
特に計画は立てるつもりもなく、心が動けばふわっと飛び込んでみたい。
(2025年12月)

