エッセイ

そばにある小さな幸せ/窪田容子

だんだんと日が長くなり、光が眩しくなり、植物が芽吹き、蕾は膨らみ、春の訪れを感じさせてくれる。ご近所でも、あちこちのお宅の桜草が、きれいに咲いている。暖かい日があったせいか、いつもは4月末頃に満開となる我が家の木香バラが、もう数輪ほころびかけているのを見つけた。フェリアン大阪と、京都のベランダの鉢に植えたチューリップの芽も伸びてきた。確かちょっと素敵な花の咲く品種だったと思うので、どんな花が咲くのか楽しみである。

寒い冬の間に、秘かに楽しんでいたことがある。それは、低く深く部屋に差し込む冬の太陽の光だ。フェリアン大阪もフェリアン京都もベランダに、シマトネリコの木が植えてある。その葉影がレースのカーテンに映り、レースのカーテンを通して、壁に映し出される。風が吹くと、カーテンや壁に映し出された葉影が、ゆらゆらと揺れる。カウンセリングの合間の時間に、葉影が揺れるのを、ただ、ぼーっと眺めているのが、気持ちいい。

私は風を感じるのが好きだ。春のちょっと肌寒い風も、夏の生暖かい風も、秋の涼しい風も、冬の冷たい風も。雨の前に吹く風や、嵐の時に強く吹く風も。例えばドアを開けた瞬間に、流れ出てくる風さえも。風が頬を通り抜けていくだけで、ささやかな幸せを感じる。だから窓を開けて風を通せない時には、代わりに葉影の揺れで風を感じているのかもしれない。

さて、フェリアン開設から2年が経ち、ありがたいことにたくさんのお仕事を頂戴し、毎日を忙しく駆け抜けてきたような気がする。お陰さまで、少しずつ仕事の流れが整ってきた。3年目の次年度は、少しずつゆったりとした時間を作りだしていくことができそうな気がしているが、さて、どうだろうか。いや、たとえ忙しくても、日常の中にゆったりとしたひと時を味わえるかどうかは、自分の意識の向け方次第であるような気もしている。

日常の中には、そこに目を向ければ、ささやかであってもいろいろな幸せが転がっているのではないだろうか。ちょっとした心地よい時間、ちょっとした幸せな時間に気づいて、味わいながら日々を過ごしていきたい。

(2016年3月)

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