エッセイ

円卓/桑田道子

エネルギーが満ち溢れている映画に出会った。天才子役と名高い芦田愛菜ちゃん主演『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』。大阪を舞台に、関西出身の小学3年生の彼女が小学3年生の「こっこ」役を演じている。

愛情いっぱいのにぎやかな大家族に育って「こどく」に憧れたり、かわいそうって人に思ってもらえること、人と違うことが「かっこええ」と思ったり、大人から「あかんこと」と教わることがなんであかんのか悩んでみたりするこっこ。

そうだ。こんなふうに、自分の世界と他者の世界とが混じり合う時には、違和感があればそれを考えたり、どう表現すれば伝わるのか、相談してみたりして(さすがに練習はしなかったが。「『これが、(いち、に、さん)命なんです』の「す」は空気に流れるように」は大好きなシーン)、学びながら、生き方を、人とのコミュニケーションを私たちは少しずつ積み重ねるように身につけてきたのだ。自分と違う他者の存在自体は認識していても、そこが混ざり合って、理解しあったり反発しあったりするから自分がどう振る舞えばいいのだろう、と考えるようになるのは、まさに小学3年生のこの頃だろう。ピアジェでいう自己中心性からの脱中心化だ。

まだ封切りされたばかりなので、ネタバレにならないよう気をつけるが、こっこの小3の夏には恐怖体験となりうる出来事も起きる。それが、社会に対する怖さ(トラウマとなる可能性大)となるか、彼女自身の成長、社会への信頼となるかに、親友の存在がこんなふうに影響するんだろうなと感じた。こっこの衝撃告白に対する親友ぽっさんの対応、言葉にジーンとくる。

これまで家族と学校とが生きる舞台のすべてだったところに、少しずつ外の「社会」が目に入ってくる。友人の家族の背景に思いを寄せてみたり、友人ではない上級生とのやりとりが胸に残ったり。それまでだって社会は自分の周囲にあって、目にしてきていることだし、周囲は何も変わっていないのだけれど、自分自身の目が外の事象にも向くようになって、他者の存在に心が動かされ、そして他者の気持ちをおもいやる、イマジンすることを学んでいくのかもしれない。

学びには周囲の大人の支えも必要だ。子どもたちを放っておいたり、見守ったり、諭したり…と絶妙な距離感でいてくれる担任の先生の存在もありがたい。親だけでも祖父母だけでも先生だけでもなく周りの大人が子どもの育ちをゆるやかに支えていけることが、どれほど子どもにとって豊かな成長へとつながることかと改めて思う。そのゆるやかさがこの映画には詰まっていた。

あと、もう一つ。喜ぶことを強制されているように感じるこっこに、ぽっさんが言う「嬉しなかったら、喜ばんでええ」。本当に頼もしい親友だ。マジョリティが正しいわけではなく、迎合する必要はない。「社会の一員」の態度として、マジョリティに沿う振る舞いを求められるようなこともあるだろう。特に協調性や和を好む文化では。けれども、自分自身の気持ちをしっかりキャッチしてどう振る舞うか、選んでいいのだ。

自分はAだと思う、けれども周囲から期待される態度はB。

その時に、AだからAを通す、というのも良し、 Aにしたけど、あとからBの意味も理解できたからBに変更、も良し。

Aだと思うけれどイマジンしてBの態度をとろう、 Aと思っていたけれどちょっと違うな、Bを検討した結果新たなCにしよう、というのも良いだろう。

結果的に自分の思いAとは違うBの行動をとったとしても、自分の気持ちがどうかをまずキャッチしてからBの行動をとるのと、「Bしないといけないから、Bせざるをえないから、Bするものだから」では主体性が異なり、自分に対して自らの行動が与える意味が違う。大切な自分自身の人生を他者コントロールで生きていくか、自己コントロールで生きていくか。わたしの人生の舵をとる人はわたししかいないし、その権利もわたししか持っていないのに、それを誰かに明け渡してしまうのは残念だ。

本来、人が集う社会は、一糸乱れず整列して、そこから外れたものを排除するようなものではなくて、集まる人はそれぞれ違っていて当然で、いろいろな人がいるならでこぼこしていてあたりまえなんだから、それぞれの選択を互いに認められる柔軟さが成熟した社会なのだろう。そして、その選択はひとりよがりな自己中心性によるものだけでなく、イマジンして選択できることが成熟した、洗練された大人に成長していくということなのだろう。

もともと「子どもも大人も考えてることはそれほど変わらない。語彙の量が違うから、表現や表面的な理解に多少差がでる程度だ」というのが自論で、子どもだからわからないなんて思ったこともないし、年だけとって大人になってもわからずやはどこにだっている。けれども、「それほど変わらない」のそれほどの部分である子どもから大人への成長と、大人が見えにくくなってしまいがちなまっすぐな純粋な気持ちを思い起こさせてくれる映画だった。胸をえぐるような社会派映像でなく、明るい関西弁と(時代は特定していないそうだが)80年代っぽい社会のゆるさの中からそんなことを感じさせてくれ、あたたかな観後感(という言葉はないが)。小学3年生だったことのある方にはおすすめです。(2014年6月)

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