エッセイ
蛍とコオロギ/渡邉佳代
先日、無事にSEトレーニング中級編を終えた。SE(ソマティック・エクスペリエンス)とは、米国のピーター・リヴァイン博士が開発した、身体感覚を主に用いるトラウマへのアプローチの方法である。
今回、産休を目前に控えて、トレーニングの1週間を無事に終えられるのか、とても不安だったが、スタッフの方々や一緒に受講する仲間たちがあたたかくサポートしてくださり、里帰りする直前まで何とか皆と一緒に受講することができた。最後のご挨拶の時には皆がお腹の赤ちゃんのために「とんぼのめがね」を歌ってくれて、お腹をなでで話しかけてくださったり、メッセージカードをくださったりして、1つの命の誕生には、たくさんの方々の思いやあたたかさ、支えがあることをしみじみと思った。
思えば、自分の体が新しい命を迎え入れたことを、今でもふとした時に不思議に思うことがある。妊娠初期には子宮が収縮しやすかったため、流産止めをしばらく飲んでいた時期があった。それは自分の体が頑なに「異物」を排出しようとしているようでもあり、一方で、その時期のつわりは「異物=新しい命」を自分の中に迎え入れ、妊娠状態に体が適応しようと変化していくプロセスだとも感じた。
一体、自分の体はどう変化してしまうのか、自分は何を生み出そうとしているのか、自分はこれからこの新しい命を守れるのか、不安も戸惑いも大きかった。毎日、満員電車に揺られて往復3~4時間近くかけて通勤し、変わっていく環境や状況の中で、いつの間にか自分の中でサバイバル機能が発動し、体も心も閉じてしまいがちになっていたのだろう。
トラウマのトラウマたる所以は、無力化とつながりの破壊である。それは、自分にはコントロールできないという感覚に圧倒され、自分とのつながりや他者とのつながり、社会や世界とのつながりが断たれることを指す。
春のSEトレーニングのセッションを受け、自分の体の声を聴き、硬くなった心身が緩んで、ようやく自分の体の感覚やリズム、お腹の中の新しい命と自分がつながり直したような体験をした。初夏にバリに行ったことも、人智を超えた大きな自然の流れとつながり、それに身を委ね、生と死の命の営みそのものを受け入れるということに、少し触れたような体験であった。
ジェットコースターのようだった妊娠初期から少しずつ妊娠状態に慣れ、落ち着きを取り戻してきたものの、妊娠というのはかなり特殊な状態であるように思う。ホルモンの関係もあるのだろうが、ふとしたことで、自分の心身が「全開」になるような感じがする。感覚が外に開かれ、全てが色鮮やかで強烈で、いっぱい過ぎるように感じるのだ。生理が始まる前のピリピリした状態を何十倍にも強くしたような感じだろうか。それは、自分の中の新しい命を守ろうとする本能的な機能なのかもしれない。
今回のトレーニング期間中に、自分のセッションを受けた時のこと。妊娠してから常にだるさや疲れやすさ、眠さ、腰痛…など、体の不調があったため、体の声に耳を傾けることに不安があったが、ほんの少しだけ目を向けてみた。すると、お腹がググッと張ってくる。自分に注目しようとすると、まるでお腹の中の新しい命が「見て見て!」と言わんばかりに強く主張して、否が応でもお腹のリズムに目を向けざるをえないような感じだ。
自分の中に異なる2つのリズムを抱えながら、この数ヶ月、お腹にばかり注目し、自分の手足や首はほったらかしにされて、バラバラになっていたことに気づいた。それが肩こりや背痛、腰痛などの体の不調につながっていたのだろう。今は新しい命を守るために、お腹のリズムに自分を合わせざるをえないことはよく分かる。だが、自分の心身をほったらかしにせず、ほんの少しでも自分に目を向けるにはどうしたらいいのだろう。
セラピストから、「自分のリズムと、お腹のリズム、どちらか片方でもなく、半々でもなく、どちらもあって、互いが共鳴し合うことはできないだろうか」と大きな宿題をいただいた。折しも季節は初秋。会場は自然豊かで緑が多い場所であり、その晩は秋の虫たちの声が聴こえていた。「例えば、虫たちの共鳴、蛍の光とコオロギの鳴き声が共鳴し合うように、2つあって1つの大きな風景として広がらないだろうか」と、セラピスト。SEでは、こうして体の感覚やイメージ、体の動き、感情、認知(意味づけ)なども用いながら、自分と周囲、世界とのつながりを紡いでいく。
生まれてからしばらくしても、子どものリズムに合わせ、精一杯目を向けざるをえないだろう。だが、「あなたがあなたであること」を大切にするためには、「私が私であること」を少しでも大切にしたいと思う。それは妊娠期間を通して、自分とお腹の中の新しい命のつながりが少しずつ強くなっていく一方で痛感してきた、もうひとつの自分への教訓でもある。
自分の命と他者の命が共鳴すること。里帰りをした今、朝夕ひんやりとした裏の畑で、「リーンリーン」「ジリジリジリ」「リリリリリ」と、様々に呼び合う虫たちの声に耳を澄まし、あの日、セラピストと共有した蛍とコオロギの風景を大切に心に留めたいと思った。
(2014年10月)