エッセイ
韓国訪問/安田裕子
あるプロジェクトの一環で、性的被害を受けた人への支援とその法制度に関する調査の実施を目的に、それらの整備が進んでいるという韓国に出張に出向いた。
日本でも2012年に公開された、『トガニ 幼き瞳の告発』という映画をご存じだろうか。それは、韓国光州広域市のろうあ学校・光州インファ学校で、2000年から2005年にかけて、その学校の児童である少女らに対する校長や教員による性的暴行が日常化し、かつそれを施設ぐるみ・地域ぐるみで隠していたという、実際にあった事件を題材に映画化されたものである。この映画を契機に事件が再検証され、13歳未満の女子、および、身体的または精神的な障碍がある女性への性的暴力犯罪の処罰に関する改正案「トガニ法」が国会を通過し、法律改正が行われた。この改正により、それまであった公訴時効(犯罪が終わった時から一定期間を過ぎると公訴が提起できなくなること)がなくなり、また、加害者に対する再捜査が行われ、当初不起訴とされた加害者らが逮捕・起訴された。市民もこうした事件を通じて、性的暴力被害とその支援に関心をもつようになったという。
出張に向かった初日、関西国際空港を13時前に経つ便に搭乗し、2時間程のフライトの後に降り立った仁川(インチョン)空港から長距離バスに乗り、ソウル市内のホテルに着いたのは、16時30分頃。急遽入れ込んでいただいたスケジュールにより、それから地下鉄を乗り継いで、ソウル家庭裁判所に向かった。そこでは、グループメンバーの従来からの知り合いであるソウル家庭法院調査官に、―17時も過ぎた就業外の時間だったが―家庭裁判所内の、離婚後の親子の面会交流のための部屋を案内いただいた。そして2日目には、午前に、上記インファ学校事件にも関与されている、児童の性的虐待被害事件における被害者側の訴訟代理人をつとめている女性弁護士に、当該事件を中心に性的被害者の弁護やその課題に関する話をうかがった。そして午後には、国の官公庁がある地(日本でいう霞ヶ関)に向かい、国の法務部にて、児童の性的虐待問題を管轄する部局の担当者や法務官に、意思疎通や表現するのが困難な13未満の子どもや障碍をもった被害者の陳述の支援を行う専門相談制度である「陳述助力人制度」や関連する法律改正について、話をお聞かせいただいた。3日目には、午前に、ソウル市内最大の性暴力相談所に出向き、そこの所長より、施設の運営や事業内容、性的被害とその裁判に関わるアクションリサーチについて、さらに午後には、(性的)暴力などの犯罪に遭った被害者の回復のために無料の心理支援を行っている、法務部民間委託運営の「ソウルスマイルセンター」の所長に、裁判官らや陳述助力人に対する研修などについて、お話をうかがった。
この2日間と半日のフィールドワークは、韓国において、性的暴力被害者に対する支援体制の網の目がはりめぐらされているその一端を知ることができ、とても充実した学び深い経験となった。と同時に、一方で課題として存在している加害者更正をどのように考えているのか、そうした視点をどのように組み入れていけるのか、ということもまた、頭をよぎっていたことであった。加害と被害は対立構造になりがちであるが、その表裏の関係をミクロにもマクロにもみていこうとすることは、いばらの道であるけれども、安心感のある豊かな社会を築いていくうえで根本的に重要な営みであるように思える。調査を通して考えたことをじっくりあたためて、また次につなげていきたいと思っているところである。
このたびの韓国訪問により、知り得たこと、刺激を受けたこと、考えたことは多くあったが、そうした新鮮で貴重な学びはもとより、各所で丁寧に対応いただき、笑顔で、こころで、もてなしてくださった人びとの有り様にも、大変感銘を受けた。調査をすっかり完了した最終日の夕方には、グループメンバーの韓国人の女性のパートナーも合流くださり、素晴らしい名所にご案内いただき、温かいおもてなしを受けもした。こうして学び深く有り難い調査が実現したのは、グループメンバーがこれまでに培ってきた人間関係によるところはもちろん大きいが、国を越えて訪問した地でこころにしみ入る歓待を受けるという有り難い経験を、確かなかたちできちんと実らせていかなくてはと、思わずにはいられない。こうした、人と人との間で育まれていく温かいつながりとむすびつきの感覚や、そうしたことを大事にしていきたいと改めて思わせてもらえたこともまた、今回の韓国での調査で得ることのできた、素敵な、そして大切な収穫である。
(2015年3月)