エッセイ
第二の人生 春/森﨑和代
「それ」は、この春とうとうやってきた。それも約11年ぶりに、そして突然、しかもWで。
いや、正しく言えば、突然やってきたわけではない。なぜならここ1~2年、「そろそろかな~」「そろそろやと思うねんけどな~」「どうなってるんやろ・・・」と、夫が盛んに言っていたからだ。
この春やってきた「それ」とは何か。それは、夫の「単身赴任の終了」と「定年退職」。厳密に言えば、定年退職は今年の冬なので、Wでやってきたわけではないが、まだまだ先のことだと思っていたのでWで驚いた。
夫の単身赴任の始まりは、2004年1月。春になれば娘は高校1年生に、息子は中学1年生になるという年だった。上海に3年間の赴任ということだったが、SARS(サーズ=重症急性呼吸器症候群)の流行、子どもたちの進路問題も考慮して、家族で考え、悩み、相談した上で、2004年1月4日、夫は単身で赴任地上海へ行った。
そういえば、私が女性ライフサイクル研究所と出会ったのは、2002年の秋。そして、研究所で本格的に仕事をすることに決めたのが2004年4月。この時期に出会うべくして出会ったのかのような巡り合わせだが、今思えば、夫の単身赴任という家族の大きな変化に加え、私自身のライフサイクルの節目でもあったのだなと思う。
さて、3年間と言われていた夫の上海での赴任は7年3か月間に及び、その後日本に帰ることなく、アラブ首長国連邦のドバイで1年2か月。さらに、ドバイからエジプトに異動し2年10か月間。合計11年3か月間の単身赴任となった。
この11年間を振り返ると、夫とは毎日のように私からメールで、週末は夫から電話で、ここ最近は週1回の夫の休日にスカイプで顔を見ながら、時にはケンカをしながらも、様々なツールを使って密にコミュニケーションを重ねてきた。そして、当時小中学生だった子どもたちもすっかりおとなになった。大学生になるとそれぞれ奈良を離れて一人暮らしを経験し、娘は大学卒業後一時自宅に戻ったものの、社会人になって独立。息子は卒業後自宅にもどり、配属された職場が奈良ということでそのまま自宅から通勤。一時期は、これに乗じて私もひとり暮らしとなり、ご近所では、「森﨑家は、家族4人に家4つやね~」と、珍しい家族形態として話題にもなった。
こうしてここ数年間は、子どもたちの成長と共に、おとな同士の生活を模索してきたなと思う。そしてこの春からまた、夫婦としての定年後の生活を見据えた新たな生活が始まる。
ご近所には、定年退職を迎えられた先輩ご夫婦が複数いらっしゃるが、「単身赴任、もう11年にもなる!?単身赴任後、一緒に住むのは大変らしいよ~」「これまで楽をしてきた分、なにかとしんどいと思うわ~」「退職後、夫にずっと家に居られたらもっと大変やで!」などなどの情報が耳に入る。私は夫の単身赴任中、楽をしていたとは思わないが、確かに仕事中心の生活に大きく変化し、それに準じて毎日の生活も変化した。
しかしこれから大変なのは、この変化に対応し、新しい生活のパターンができる過程ではないだろうか。そしてそれは、11年間一人暮らしであった夫にとっても同様だろう。お互い、この変化をどう乗り越えるのか、はたして大丈夫だろうか…との不安がよぎったのも事実である。
そして、5月。夫が返ってきて約1か月が過ぎた。さてさてどうなったでしょうか。。。
夫は、久しぶりの日本での電車通勤、新たな職場での仕事は疲れると言いながらも、家族と過ごせることに何だかはしゃいでいるように見える。とにかくよくしゃべる、そしてとてもよく動く。食後は身軽に食器洗いをし、休日には率先して掃除機をかけ庭掃除をし、わたしが仕事に出かける土曜日には「晩御飯担当する!」と宣言。他にも毎日お布団を上げる、敷く、休日のお天気の良い日には布団干しも。その他、これまで大掃除などしたこともなかったのに、手付かずだった場所や物の整理をし、今、部屋の模様替えも進めている。ここ1か月、かなり積極的な家庭生活への参画だ。
一方私は、周囲の心配や不安をよそに意外と快適(笑)!夫の帰国前には予防線を張って、「帰国したら、単身赴任前のような、上げ膳据え膳の生活はもうないからね!」と宣言したが、相乗効果(?)で、これまで文化の違う土地で自炊していた夫に、「おつかれさま」の気持ちをこめて、時間の許す限りお弁当や食事を作っている。
しかし、この新しい生活は始まったばかり。2人ともちょっと高いテンションで、頑張って生活を回している感じもする。まだ試運転中なのだ。これから仕事が本格的に忙しくなると、お互い、こうは行かないかもしれない。しかしこうして、互いが毎日の生活の中で気づき、各自が今できることをすることで生活が成り立ち、新たなパートナーシップができていくことを実感している。
そして今、夫に改めて言いたい。長期に渡る単身赴任、無事に、元気に帰ってきてくれてありがとう!それにしても11年3か月、お互い、離れ離れになりながらも本当によくがんばったよね!これから迎える第二の人生、ケンカもすると思うけど、仲良く協力してやっていきましょう。これからもどうぞよろしく!(2015年5月)