エッセイ

ロードバイクに乗って/窪田容子

ロードバイクに乗って通勤できたらいいなぁと思い始めたのは、2年前。健康のためにも、何か楽しんで体を動かしたいと思っていた。でも、あと一歩が踏み出せないでいた。暖かくなったら買おうと思っていたら、気がつけば暑くなってしまい、涼しくなったら買おうと思っていたら、気がつけば寒くなってしまうことを、繰り返していた。ただ、そうやって先延ばしをしているうちは、自分の中でその時ではないのだろうなと、どこかで思っていた。さぁ買おうという時が来たら買うだろうし、来なければ必要がなかったのだろうし。

この初夏、その時が来てロードバイクを手に入れた。淀川の堤防を走り、大川の川沿いを通ってフェリアン大阪まで出勤してみた。風を感じ、草のにおいを感じ、鳥の鳴き声を聞き、白つめ草や名前を知らない紫の花が群生している脇を通り、雲を見ながら自転車で走っていく。

電車通勤なら、スマートフォンでニュースやSNSを見て過ごす時間。自転車だと、漕ぐ以外にはすることがないので、景色を見ながら、音やにおい、空気を感じながら、とりとめなく心にいろいろなことが浮かんでは消えていく。仕事のこと、家族のこと、世の中のこと、将来について・・・。この感覚、なぜか懐かしい。いつの頃だっただろうか・・・。そうして、思い出した。

中学時代、部活で泳いでいた頃だ。練習は厳しく、夏休みは一日10kmあまり泳いでいた。無機質なプールの底が見えているが、何かをはっきり見ようとする意思はない。水の音はゴボゴボと聞こえるけれど、何かを積極的に聞こうとするわけでもない。手足は動かしているが、神経を研ぎ澄ますこともなく、何かを一生懸命考えるのでもない時間。意識は内に向っていく。友達のこと、恋愛のこと、勉強や進路のこと、社会について・・・いろいろなことが心に浮かんでは消えていった。今は、景色や風、においや音を感じながらだけれど、あの感覚にどこか似ている。

川沿いでは、いろいろな人に出会う。ジョギングしている人、自転車に乗る人、犬の散歩をする人、ウォーキングをしている人や年配の夫婦、釣りをする人、日光浴をしている人。夕方には、サッカーをする子どものチーム、部活の高校生、放課後の中学生のグループ、カップル。老若男女。みんな、どんな人生を歩んでいるのだろうとふと思う。そして、自分はこの先どう生きていくのだろうかと思いを巡らせてみたり・・・。

自然を五感で受け取る時間と、意識をぼんやりと内に向ける時間。今の私には、この両方が必要であり、意味があることのように感じている。とはいえ、これから暑くなっていく。自分の気持ちを大事にしながら、心が欲したときに自転車通勤をするというような、ゆるい感じで続けてみたい。季節ごとの、川沿いの景色の変化を楽しみながら。 (2015年6月)

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