エッセイ

発達障がいの学生支援から/安田裕子

この春より立命館大学に着任された齋藤清二先生のご講演に、コメンテーターとして列席する機会をいただいた。医学部を卒業後、消化器内科医として訓練をつみ、その後、心身医学、臨床心理学、医学教育学などを研究領域に、物語医療学という研究課題に取り組まれてきた齋藤先生。10年ほど前、私が修士課程の大学院生の頃に、ある緩やかなつながりの研究ネットワークのなかで教えをいただいた経験や、その後にはあるプロジェクトのメンバーとしてご一緒させていただいたこともあり、巡り合わせのようなご縁をしみじみ思いつつ、コメントする役割をいただくことが決まったときには背筋がピンと伸びた。

ご講演は、前のご所属の富山大学にて「『オフ』と『オン』の調和による学生支援―高機能発達障害傾向を持つ学生への支援システムを中核として」と銘打ち尽力されてきた、発達の障がいをもつ学生を対象とした支援に関するものであった。もっとも、本学生支援は、支援の対象を発達障がいをもつ学生に限定するものではなく、むしろ、障がいの有無、すなわち医学的診断の有無にかかわらず、社会的コミュニケーションに関わる学生本人の困り感からスタートするかたちで実施されていた。それは次のようなことが理由としてあげられるようである。たとえば対人関係において、なんとなくうまくいかないと思い悩んでいる状態と、発達障がいと診断を受けることとは、本人にとってそれなりに距離があることである。つまり、発達障がいの診断がなされていなくても、人間関係における困り感が歴然と存在する場合があるのだ。また、大学生ともなれば、生育歴のなかでの症状の現れなどを、大学関係者が親御さんから聞き取る機会を得ることはなかなか難しい。こうしたことから、学生本人の困り感を出発点に、支援が行われているのである。

このことは、当該学生支援が、「トータル・コミュニケーション・サポート」を行うというコンセプトにより展開されていたことにも明らかである。トータル・コミュニケーション・サポートは、①診断の非重視、②マルチアクセスの確保、③メタ支援、④シームレス支援、により構成されるという。先に述べたことは、①の診断の非重視に該当するが、このトータル・コミュニケーション・サポートの諸相には、学生個々人への支援の充実が、組織的なマネージによって確保されていたことを見てとることもできる。たとえば、②のマルチアクセスの確保は、学生が支援システムにアクセスできる複数のチャンネルを用意することによって、支援機会の損失を最小にし、学生がつながるやすくすることを目指したものである。また、③のメタ支援は、教職員や家族をも支援の対象とするというもので、支援者側の燃え尽きを防止することが想定されてもいる。そして④のシームレス支援は、学生本人が生きる長い時間軸のなかで支援を行うことの重要性を認識し謳うものであり、そこには、高校と大学の連携や就職後支援が視野に入れられ、多組織・多職種間で連携を行うことが展望されているのである。

ところで、本学生支援においては、ナラティブ・アプローチという考え方が下敷きになっていることもまた注目すべきポイントである。ナラティブ・アプローチとは、私たちをとりまく現実は、確固たる客観的なものとして実在しているのではなく、社会的相互交流を通じて物語的に共同構成され、よって、唯一の正しい物語を前提とせず対話のなかに浮かび上がる役立つ物語をその都度選択する、というものである。本学生支援に即して例をあげれば、何らかの困難を抱える学生を実際に支援しようとする時、“発達障がい”という物語にそって支援を行うことが有用な場合もあれば、そうでない物語(たとえば“個性”)が役立つ場合もある、ということになるのだという。先に、医学的診断の有無に関わらずに支援するという、トータル・コミュニケーション・サポートのひとつの柱を紹介したが、医学的診断が役立つ物語を創出する場合もあることが認識されていることも、あわせて理解できよう。

このナラティブ・アプローチという手法により、支援者は当事者の苦悩の語りに耳を傾け、物語を読み取り理解することを通じて対話的な関係を形成し(配慮)、支援者と当事者は物語を描写し表現し共有することを通じて新しい物語を創出し(表現)、共有された物語に動かされて支援者は当事者とともに行動する新しい関係へと入っていく(参入)ことが目指されているという。そこには、発達障がいをもつ学生支援に限られることのない、対人援助をするうえでの重要な知が盛り込まれているように思う。院生の頃、齋藤先生がされる講演を聴きに行ったとき、「齋藤先生のような医師が増えると世界が平和になりそうだ~」と、その場に同席していた仲間が冗談まじりにつぶやいていたことを懐かしく思い出すが、ナラティブ・アプローチの手法が下支えする対話性を重視するものの見方は、果ては、平和教育にもつなげていけるのではないかと思える。ご講演は、発達の障がい様の困り感をもつ大学生への対応・関わりについての重要な知見が盛り込まれているものであったが、加えて、人と人とが共に生きる共生社会のよりよい実現へと自然と思いを馳せる、有意義な時間であった。

<参考>

斎藤清二・吉永崇史・西村優紀美.(2010).発達障害大学生支援への挑戦―ナラティブ・アプローチとナレッジ・マネジメント.金剛出版

(2015年6月)

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