エッセイ
「七転び八起き」/森﨑 和代
4月12日火曜日、わたしは長期休暇を取って、前夜から我が家に泊りに来ていた母(79歳)と早朝に自宅を出て、妹の住むフランスに向かった。
妹は、約30年の海外生活歴者である。しかし、毎年1度は姪っ子と2人で、時には家族3人で上手に格安航空券を探しては里帰りをし、毎回“日本を持っていく勢い”で大荷物を抱え日本を発つ強者でもある。
というわけでわたしも母も、こんなものも食べたいかな?こういう物があったらいいかな?と各々、乾物、フリーズドライのお味噌汁などの食料品や調味料を買いため、また海外ではなかなか手に入らない梅味、抹茶味のお菓子類や、丸くてかたいおせんべい、サラダ風味のおかきやあられ等をスーパーで買い込み、さらに妹からの「こういう系のは、こっちでは買われへんし作れられへんねん、お願い~」と頼まれた取り寄せのおまんじゅう、お気に入りの歌手やミュージカルのDVD等で、思った以上に大・中のスーツケース2つは満杯!かなりの重量になった!!(もうこれで十分でしょ!といいながら、スーツケースを預けるや否や、またもや空港で赤福餅を買いこんだ2人です…笑)
こうして出来上がった2つの荷物を、出発前夜持ち上げて浮かぶ一抹の不安。。。。。はたして後期高齢者の母と更年期を過ぎた中年のわたし、このか弱い2人組(笑)が、無事にこれらの大荷物を持っていけるのか?
しかし、わたしたちはあれこれ考えたのだ。平日、他の家族の手助けのない中での出発、いろいろシュミレーションもしたその結果、わたしの奈良の自宅をタクシーで出て、階段のない最寄駅から電車に乗りリムジンバスに乗り込めば、いつもなんなく関空まで行き着くではないか、そう今回もこれが最良の方法だ!と。あとは空港で荷物を預ければ自動的に妹親子の待つシャルルドゴール空港に到着するのだから、きっと大丈夫!と自分に言い聞かせて翌朝自宅を出たのだった。
しかしそう思ったのも束の間、災難は突然やってきた。。。
通勤ラッシュの駅で、少しでも空いている扉から乗ろうとホームでスーツケースを押し、後ろにいる母に目をやると、、、、そのとき!思いっきりこけた、転んだ、ひっくり返った!わたしが!!母でなくてよかったものの、カッコ悪く恥ずかしく、電車の出発を遅らせるは、結局超満員の扉から大きな荷物で乗り込むは、申し訳なさで針の莚状態。。。
しかしそんな中で、わたしは思い出していた。数日前、娘が亡き祖母の夢を見たと知らせてくれたことを。「そうやん、大難を小難にしてもらって(亡き祖母がよく言っていた言葉)、これくらいのことで済んでよかった!」そして、わたしは臨床心理学の研究所フェリアンのスタッフ、「これから先は、ちゃんと時間に余裕をもって気を付けていきなさいよと教えてもろたんやわ」と思考を切り替えることができたのだ。おかげでその後は地に足をつけて(いやいや飛行機に乗って行ったんですが)、無事に妹の家に到着することができた。
その後、前向きな思考が幸運を引き寄せたのか、滞在中の雨の予報も外れ過ごしやすい気候に恵まれた。とはいうものの自然の摂理、やはり時には雨が降る。雨が降れば「小雨でよかった」「緑がきれい!」、電車の到着が遅れても「しゃあない(仕方ない)な~」、事前からチェックしていたレストランに行き着けなくても、「観光客っぽくていいよね」と、七転び八起きの精神ですべての日程を、毎日を満喫することができた。
しかし、その一方で日本では大変なことが起こっていた。熊本地震だ。時々繋がるWi-Fiでその震度に驚き、回数に驚き、お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りし、被災された多くの方々へのお見舞いの気持ちを持ちつつも、帰国後数日間はテレビをつけることができなかった。
人が生きている限り、楽しいうれしいことばかりではなく、思いもかけず、つらく悲しく苦しいことも起こる。そしてそれは誰にでも起こりうる。どうして今?!なんでわたし!?私の家族、友だち、大切な人に?!なんでこんなことに!?人の力ではどうしようもない悲しみ苦しみに遭った時、本人はもちろん、周囲にいる人もなすすべなく戸惑う。
旅行前に駅で思いっきり転ぶという失態から、「大難を小難に変えてもらった」という祖母の言葉を思い出したが、地震大国の中で、与えられた命の中で、環境や生活の中で、どんなことも当たり前ではないことを思う。祖母はまた「よろこびごとをよろこべば よろこびごとがよろこびごとをつれてよろこびにくる」とも言っていた。
先日、熊本県の高齢者福祉施設で被災された高齢者の方々が、職員さんと共に新緑の中でゆったり過ごされている姿をFacebookで拝見した。新緑がまぶしいこの季節、どんなときでもよろこび楽しむことのできる人の力と、自然の営みがくれる力を思った。(2016年5月)