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子育て支援を身近なものに/森﨑 和代

 「お母さん、バギーはたたんでくださいね。ほかの人の迷惑になりますから」

 今から22年前、奈良からひとりで小さな2人の子ども(3歳・0歳)を連れて、四苦八苦して階段を上り降りしながら電車を乗り継ぎ、あともう少しで実家・・・という大阪市バスの中で、運転手さんにわたしがかけられた言葉だ。バスは空いていたし、降車口をふさいでいたわけでもない。『バギーをたたんで赤ちゃんを抱き、3歳の娘を支える!?無理だ』そう思ったわたしは、「すみません。すぐ降りますのでこのままでもいいですか」と、大きなショック(腹立ち)を感じながらも、同時に悲しい気持ちでお願いしたことを今も鮮明に覚えている。

 あれから20年余りが経ち、「欧米に比べて子連れや妊婦に冷たい」と言われる日本ではあるが、国の少子化対策とともにハード面での子育て支援は幾分か進んできた。しかし、子育て中の母親にとって子育てしやすい社会になったのだろうか。

 2013年12月、国土交通省から、「ベビーカー事故 鉄道会社の4割で発生」という調査結果が発表された。また、ベビーカーの利用者と一般客との間で意識の差があることも浮き彫りになり、ベビーカー利用者と一般乗客が互いに配慮すべき点などをまとめたガイドライン(鉄道用、バス用、共通用)が2016年3月に公表された。http://www.mlit.go.jp/common/001032702.pdf

しかし実は、公共の乗り物の中での問題はベビーカーだけではない。赤ちゃんの泣き声はもちろん、赤ちゃんの奇声や笑い声にまで神経をとがらせて、ひやひやびくびく疲労困憊している母親の様子を見かける。小さな子どもを連れて、子どもに必要なたくさんの荷物を持ちながらも、乗り物の乗り継ぎの時、また階段で、「助けてください」「手伝っていただけますか」という勇気もないようにわたしには見える。なぜだろう。

「(母親として)、周囲の人に迷惑をかけてはいけない」「子育ては母親の仕事」と思っているからではないだろうか。そしてそれは、「子育ては母親がするもの」「子ども連れは迷惑だ」というジェンダーや、社会からの冷たい視線を感じているからかもしれない。

わたしはこの同じ22年前、ドイツ北部にある街ハンブルグに住んでいた。日常会話もままならない異国で、大きなベビーカーに息子を寝かせたまま、3歳になったばかりの娘を連れて電車やバスを乗り継ぎ、何度か友だちの家に行けた。トラム(路面電車)には、バギー専用の乗車口がありドアが開くとすぐ近くの人がバギーを引き上げてくれたし、バギーを広げたまま置ける場所があった。地下に降りる階段が目の前に来ると、さっと一緒にバギーを持ってくれる人、娘の手を引いて階段を下りてくれる老婦人、ランドセルを下に置き大きなペロペロキャンディーをぱくっと口に入れ、一生懸命手伝ってくれた小学生の男の子ことも忘れられない。わたしはだれに声をかけることなく手伝ってもらえたのだ。なんて優しい社会なんだろうと思った。そのすぐ後、帰国した際バス運転手にかけられた言葉だっただけにショックは大きかった。「子連れは外に出てくるな」そう言われているような気持になったのだ。

子育て支援は、国や行政の施策の中にあるのではなく、それを必要とする親子の、そして手助けができる私たちの、もっと身近にあってほしい。

公共の場で親子連れを見かけたら、暖かいまなざしを向けるだけでもいい。母親たちは、どんなにか救われた気もちになるだろう。「何か月(何歳)?」「かわいいね」「大変でしょ」「何かお手伝いしましょうか」と、声をかけてみるのはどうだろう。親子が気後れすることなく公共の乗り物で出かけ、出かけた先々で出会う人とのささやかなふれあいが、大きな子育て支援になるのではないだろうか。

かつて周囲の人に微笑みかけてもらった、席を譲ってもらった、声をかけてもらった・・・これらの経験が、親を通じて、また子どもたちを通じて、後に続く人たちに自然に受け継がれていく社会。子育て支援がわたしたちの周囲からもっと身近なものになればと願う。わたしも今、異国の地で助けてもらった感謝を心に留め、実践しているひとりだ。(2014年8月)

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